どちらかといえばフィジカルな才能があるのか、カラダを動かすことが得意です。少林寺拳法で人間の関節の動きを学んだので、それを介護に生かしていきたいし、また、施設の患者さんに和太鼓を聞かせて元気づけたいと思います。
高校時代の友達のなかには、福祉についてまったく興味がない人もたくさんいましたが、僕は小学校のときからボランティアで福祉に関わっていたので、福祉分野への進学はとても自然ななりゆきでした。誰でも病気や事故などでカラダの自由がきかなくなってしまうことがあるし、また、歳をとればほぼ全員が介護を必要とする存在になってしまいます。誰かが見守ってあげる必要があります。やっぱり誰かが介護者にならなければ、社会はスムーズにまわっていかなくなるわけだし、自分はなにもしないで誰かの世話にだけなるなんてことは出来ません。そのように考えて僕は今、介護の提供側としての役目を果たしていきたいと考えています。
オープンキャンパスで学校訪問したときの印象が他校と比べてとてもよかったからです。一人の福祉人としての熱意みたいなものを先生方に感じました。「こんな先生に習いたいな」って思わせてくれるオーラがありました。それに学生の方もみんな自分が選んだ道を思いっきり学んでいるという、やる気のようなものを発散している人ばかりでした。居心地がとても良かったのでオープンキャンパスには、2度3度と通ってしまいました。自分にとってしっくりくる居心地の学校かどうかも選ぶポイントになると思うので、オープンキャンパスへの参加は必須ですね。進路希望がはっきりしていなくても学校を見れば何かヒントが見えてくるような気がします。
一見関連がないように見えるでしょうけど、実は両方とも人間を相手にするパフォーマンスなんです。少林寺拳法はパートナーを決めて演武します。自分の技がきっちりとかかっているかどうかは、相手の表情や合図で確かめます。紙一重で蹴りや突きが複雑に組み合わさりますから、パートナーとの息があっていなかったら、ガタガタの演武になってしまい、きっと大ケガをしているでしょう。また、和太鼓はメンバー全員の気持ちが一つになってなかったら音楽になりません、ただのやかましい騒音です。かといって気ばっかり遣っていては迫力のある演奏になりません。その気と力のバランスが大切なんです。そう考えると相手の気持ちを察することで成り立つ介護とまさに同じなんだと思います。
はい、今、話しているうちにいろんなことを発見しました。介護の入り口は、まずカラダを楽にしてあげることです。ベッドの上で体位変換をするときでも、姿勢は苦しくないかなど、必ず利用者さんの表情を見ながら確認します。こうしてほしいという要求を聞きもらさず、さっと手を添えて挙げられるような自然な介護が、きっとプロの仕事なんだと思います。それと比べると僕の介護はまだまだ初心者レベルです。この学校の先生は皆さんものすごく熱心なので質問にはいくらでも時間をつくって応えてくれます。それは大規模校には出来ないことだろうと思います。今は、この2年間で100%あますことなくいろいろなことを吸収して一日も早くハイレベルな介護福祉士になってプロデビューしたいと思っています。
小田茂樹さん
京都府・南京都高等学校出身
自宅
小学校のときから愛用しているこの勉強机がいわば僕の城(?)です。歴史が刻まれています。学校と和太鼓と少林寺拳法に飛び回っているのでこの机に座っていることは少ないですね(笑)。家族は僕が介護福祉士になるのを影ながら応援してくれています。まずは自分の将来のために介護福祉士の国家資格をとって頑張っていこうと考えています。